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お金の貸し借り、そのときの気分
まったく見知らぬ人にお金を貸してあげますか?もう30年ほど前の話、パーソナル・コンピューターの出始めの頃、某社社長がぼくのところへ来ていきなり土下座したのです。彼は当時話題の先行していたポータブル・コンピューターの生産に一生懸命で、その資金繰りに詰まってぼくのところまで金を借りに来たんです。
だけどさぁ、初めて会う人間にいきなり100万円貸してくれって言われてどうする?もちろん断わりました。その上の土下座です。まぁいきなり、というとちと語弊がありますが、時間的にはほぼそのとおり。こういうときの気持ちって優越感じゃぁないのです。ほんんとうに困ったよなぁ・・・、の気持ちなんです。この「・・・」がポイント。
一方、まったくの他人に金を貸してくれって頼んだことがあるかい?まぁ銀行も赤の他人には違いないけれど、彼らは貸すのが商売なんだからこの際はずしてお考えください。赤の他人ではないけれども、同業者に3回ばかりお願いしたことがあります。でも気持ちがついて行かないんだよな、などと「頼みます」「お願いします」といいながら、どこかで思ってるもんだから結局誰も貸してくれませんでした。
プロスパーの話、というよりもグラミン銀行の話を最初に聞いたとき、宗教の罪深さを強く感じました。それに貸金の規模の小ささにも胸打たれるものがありました。一方で土地に根付いた、あるいは 根付かざるを得ない状況で生涯過ごさざるを得ない人たちの強さも感じました。こうした土着した感覚は、返済の滞りを防ぐでしょうね。返済しなければ村八分になるもんね。生活不能に陥るんです。
一体全体近所付き合いもせず、物の貸し借りもせず、顔を見てもちらっと笑顔を見せるでもなく、そうした付き合いのまま生涯を送る生活と、土に縛り付けられて塩が少し足りないからと隣家に借りに行き、今年は野菜が上手にできたからと自慢がてら御近所におすそ分けする生活、どちらが良いと思います?
今になって見れば分かるのですが社旗の変化というのは、詰まるところ、自分の立ち位置の変化だと思うんです。自宅周辺に縛り付けられるか、会社周辺に縛り付けられるか、自宅周辺から弾かれるか、この三つの中からの選択でしかないとおもいます。ならば自宅周辺に縛り付けられたい=土地に根付きたい、と考える人たちの選択肢は具体的にどこへ行っちまったんだろう、と考え込むのですよ。
自分の年齢のせいもあるでしょうが、ぼくはやはり今年は栗がたくさん取れたから茹でて近所におすそ分けしよう、と考える生活に郷愁を感じます。もうすぐ70歳になる人間としては、やはりここまで長生きしたこと自体間違いだったと考えるときが多くなりました。
昔は借金の動機がまったく無かったのか、といえばそんなことはありません。病気になる、子供が生まれる、嫁に行く、いずれも資金が必要でした。それでも結婚式場などあるわけもなく、叔父の結婚式や、祖父の葬式や、いろいろな機会がありましたが、いずれも自宅で済ませたものです。お金ではなくご近所から野菜をもらったり、漬物を分けてもらったり、結局お金を使ったのは酒と米、ほかは自宅の畑やご近所のご寄付で賄えたんです。
そういう社会のままに、世界に冠たる製造業立国ができなかったのか、そんな思いに囚われます。
結局は利益をどう考えるか、だと思います。法律であぁでもないこぉでもない、ほとんど暇つぶしのようにさまざまな会計規則を作ったところで、結局は話がややこしくなるだけで、そのうえそのややこしさを解説するなどという職業を生み出す結果土から離れる生活を演出して、生き難い社会を作ってきたんですよね、40年かけて。そして40年かけてやってきたらいきなりそれを全否定するような出来事が起きたじゃないですか。
米ができ過ぎればとりあえず在庫でよろしい。1年以内に処理する必要などどこにもありませんが、企業会計という奴は1年単位ですから、利益が出すぎたからといって在庫にするわけにはいかんのです。だからどっかで 無理な金の使い方になる。
しかもややこしいのは国というものの存在と、宗教というものの存在です。相手を許さないのが宗教ですから。そうでしょ?寺の坊主は丸儲け。昔からいうじゃありませんか、坊主丸儲け。六本木を丸坊主で闊歩していたバブルの紳士坊主をたくさん知ってます。彼らに宗教心などほとんどなし、溜まった金をどこのサラ金に回して稼ごうか、そんな話ばっかり。
いや失礼。まともな人もいましたっけ。
それで、人に金を貸す気分とは、出資の気分なんでしょうね。いやどこか見知らぬ高層ビルディングのオフィスで談合中の企業買収とか、新会社設立準備医院赤いのはなしではなく、「隣のユーちゃん、知ってるでしょ?今度会社作るんだって。お店が流行ってるじゃない、だから支店作るって言ってるのよ。それでご近所の人たちにも株持ってもらったら、良いんじゃないかなって言うの。」
といった類いの出資を申し上げています。これこそ本当の出資だとぼくは思います。そもそも企業会計をややこしくしたのはお役所の責任です。実際の行動を何も知らずに、物を売り込みに言ったこともないくせに、一人前の口を効く小役人がぼくは大好きです。いいじゃぁないですか、誰かさんのようにダムを創る、落札させてやる、だから数億円よこせ、などという談合人間よりもずっとかわいいもんです。
でもよくよく考えてみれば、小役人の方が迷惑するんだよなぁ・・・。そしてこうした小役人どもがよってたかって潰しにかかった業界が消費者金融業界であります。なぜ?そりゃぁあなた、武富士が儲けすぎるからですよ。やっかみ、これこそ小役人の第一の動機付けなんですから。
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